2012年5月30日水曜日

最後の挨拶

 夜の終わりは近い。

主によって導かれている人生の中で、

時の終わりが近付いている事を、強く感じる。

 
 もし僕の両腕が切断され、

ピアノが弾けなくなっても、

心からの賛美を、主へささげたい。


 また、パソコンも使えなくなっても、

私達に与えられた聖書。御言葉を持って

信仰の道を歩めるではないか。
 
 
 終わりの時代、

私達は固執する事から離れよう。

拘りを捨て去り、主の言葉を心に蓄えよう。


テサロニケ人への第二の手紙 3:1-18 JLB

愛する皆さん。 この手紙を書き終えるにあたって、お願いしたいことがあります。 どうか、私たちのために祈ってください。 主のことばが至る所で急速に広まって勝利を収め、あなたがたのところと同様、各地でも救われる人が続出するように祈ってください。  また、私たちが悪い連中の手から救い出されるように祈ってください。 すべての人が、主を愛しているわけではありませんから。  しかし、主は真実な方ですから、あなたがたに力を与え、悪魔のどんな攻撃からも守ってくださいます。  私たちは主に信頼しているので、あなたがたが、私たちの教えを現に実行しており、これからもその態度は変わらないと確信しています。  どうか、主の導きによって、神様の愛と、キリスト様の忍耐とを、あなたがたが、ますます深く理解しますように。
愛する皆さん。 ここで主イエス・キリストの名により、その権威を受けて命令します。 私たちが身をもって示した教えに従わず、ぶらぶらと日を過ごしているクリスチャンとは、絶交しなさい。  どういう生活をすればよいかは、もうよくわかっているはずです。 私たちは、そちらで、だらしのない生活をしたことがありません。 それを手本にしてください。
私たちは、だれからも、ただでパンをもらいませんでした。 人に負担をかけたくなかったので、必要な物は、昼夜働いて得た収入で手に入れました。  私たちに、それを要求する権利がなかったからではなく、自分の生活は自分で支えるという模範を、身をもって示したかったからです。  そちらででも、「働かない者は食べる資格がない」という鉄則を、教えたはずです。
ところが、聞くところによると、あなたがたの中には、働くのをいやがり、一日中ぶらぶらして、うわさ話に花を咲かせている人がいるらしいですね。  そういう人たちに、主イエス・キリストの名によって忠告し、また命じます。 じっくり腰を落ち着けて、まじめに仕事に精を出し、自活できるようになりなさい。  それから、愛する皆さん。 あなたがたには、いつでも、生き生きと正しい行ないをしてほしいものです。
もし、この手紙の教えに聞き従わない者があれば、特に注意して、そんな人とは絶交しなさい。 自らそのことに気づいて恥じ入らせるためです。  その人を敵視してはいけません。 彼には、兄弟に対するような忠告が必要です。  どうか、どんな場合にも、平和の主が、あなたがたに平安を与えて、共にいてくださいますように。
この最後のあいさつは、私の自筆です。 どの手紙にもそうしています。  どうか、主イエス・キリストの祝福が、あなたがた一同にありますように。
パウロ

2012年5月29日火曜日

頭痛

今朝より頭痛。

今日は無理出来ないなーっと思ったら、

友人も入院。変にグッドタイミング。

ちょっとお世話から解放されるので、

自分のやるべき事に集中出来そう。

2012年5月28日月曜日

出来る男

 主に愛されて生きています。

というか、生かされてます。

いや、生き生きと生かされています。

ほんとに感謝感謝!!


 クリスチャンと呼ばれるようになってから、

早◯◯年。いろんなクリスチャンと出逢えた。

しかし、残念な方々があまりにも多くて、

僕にとっては悲しい事が有り過ぎ。

神様が私達一人一人に与えられている恵みは

とてもデカイ。それを測ることは出来ない程

素晴しいのだ。


 しかし、特に男性に多く見受けられるが、

ある程度の労働者としての経験が長くなると、

プライドが生まれ、神の真実よりも

己の真実の方が信頼出来るものに

替わってしまうのだ。


 専任の職業に着き、仕事が出来る男と

呼ばれる様になってくると、

高慢になりやすいのだろう。


 色々なスキルを身に着けて、この地上を

自信を持って歩めるのは素晴しいのだろうが、

僕はやっぱり、神様を主と慕い、

いつも神様の御心を求めて歩みたい。

ヤコブの手紙 4:8-10 JLB

神様に近づきなさい。 そうすれば、神様も近づいてくださいます。 罪ある人たちよ。 罪の生活から足を洗いなさい。 純粋で真実な心の持ち主だと認めていただけるように、神様への思いで、心を満たしなさい。  悪いことをした時には、涙を流して、心から悲しみなさい。 笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えなさい。  こうして、主の前で、自分がいかにつまらない存在か、いやというほど思い知らされる時、主はあなたがたを助け起こし、力づけてくださるのです。

2012年5月27日日曜日

安全な家

思い起こせば、僕の人生、

全ての物事は、僕の成長のために

神様が道を備えて下さり、

そこを通してくださったんだなぁ。

詩篇 59:16 JLB

 しかしこの私は、朝ごとに神様の力と恵みを歌います。 悩みの日、神様は危険を避ける高い塔、安全な隠れ家となってくださったからです。 

2012年5月25日金曜日

目に見えないもの

私達は形があり、

美しいものに、目が捕らわれやすいものだ。

そのような世界の中に、私達は存在する。

しかし、私の心には、そのような世界に

邪魔をされない領域がある。

それこそ、信仰であり、信頼の気持、

真実の世界である。

詩篇 51:12-14, 16-17 JLB

救いの喜びを再びあざやかにして、心から神様に従おうとする思いに満たしてください。  そうすれば、私のように罪深いほかの人間にも、神様の道を教えてやります。 きっと悔い改めて、神様に立ち返ることでしょう。  ああ神様。 頼みの綱はあなただけですから、どうか死刑の宣告を下さないでください。 助けてさえいただければ、私の舌はゆるみ、神様の赦しを高らかに歌いだすでしょう。 ああ、どれほど神様をほめたたえますことか。
 神様は罪滅ぼしに何かをせよとはおっしゃいません。 もしそうであれば、喜んで仰せに従うことでしょう。 神様は、祭壇で焼かれる供え物に興味をお持ちになるわけではありません。  神様がお望みなのは、悔いくずおれたたましいです。 ああ神様。 罪を深く後悔して砕かれた心にこそ、神様は目を留めてくださるのです。

2012年5月24日木曜日

見えるようになる

 大人になってくると、

単純な言葉を忘れてしまう。

もっと主イエスの愛をお伝えしたい。

そんな思いがありながらも、

これがなかなか、まわりくどくなるのだ。


 主イエスの行動と言葉はいつも直球、

しかもシンプル、無駄がない。

盲人バルテマイの行動は、大人びていない。

幼児の様に単純に、主イエスのもとへ

どんな否定的な言葉を投げかけられても

一生懸命に走っていったのだ。


 だからこそ主イエスは最も単純な方法で

彼を盲人から、見える者へを造り変えられた。


マルコによる福音書 10:46-52 JLB

一行はエリコに着きました。 やがてその町を出ようとすると、大ぜいの群衆がついて来ます。 その時、テマイの子でバルテマイという名の盲目のこじきが、道ばたに座っていました。
 ナザレのイエスのお通りだと聞いて、バルテマイは大声を張り上げました。 「イエス様、ダビデ王の子よ! どうぞお助けを!」
 「うるさい。 黙れっ!」と、だれかがどなりつけました。 それでも、バルテマイはますます声を張り上げ、「ああ、ダビデ王の子よ。 お助けください」とくり返し叫びました。
 その声を聞きつけて、イエスはつっと立ち止まり、「あの男を連れて来なさい」と言われました。 そこで、人々はその盲人に、「運のいいやつだ。 おい、イエス様がお呼びだぞ」と告げました。  バルテマイは、はおっていた上着をぱっと脱ぎ捨てると、喜び勇んでイエスのそばに跳んで来ました。
 「どうしてほしいのですか」と、イエスがお尋ねになると、彼はもどかしげに、「先生。 見えるように、見えるようになりたいんです」と答えました。
 「わかりました。 さあ、もうあなたの目は治りました。 あなたの信仰があなたを治したのです。」イエスがこう言われた瞬間、彼の目は見えるようになり、イエスについて行きました。

2012年5月23日水曜日

成長すること

僕はバラが大好きで、年に数回、

秩父別のローズガーデンへ出かけます。

日本最北のバラは発色が美しいそうです。

そこは町営ですので、

基本的には入場無料ですが、

運営にはお金がかかるので、

募金箱が設置されています。

僕は、バラを観に行く度に、

募金箱へ幾らかのお金を入れます。

だって、バラの栽培は大変ですし、

今の僕には到底、管理できないから。

そう思うと、ここのガーデンが、

僕のような者の為にあるような

気がしてならないんです。

バラを大きくするためには、初めのうちは

花芽を切ってしまわなければなりません。

なぜなら、花芽に栄養が行ってしまい

大きく成長出来なくなるから。

そんな事を聞いて、この聖書箇所を

思い出しました。

ヨハネによる福音書 15:2-4 JLB

父は、実のならない枝をみな切り落とし、実のなる枝は、もっとたくさんなるように、余分な枝を整理なさいます。  父はいっそう強く、役立つ者にしようと、すでに、あなたがたの枝を整理してくださいました。 わたしが与えた命令という、はさみを使って、きれいに手入れをすまされたのです。  わたしのうちに生きるよう心がけなさい。 またわたしが、あなたがたのうちに生きられるようにしなさい。 枝は幹につながっていなければ、実を結べないでしょう。 同じようにあなたがたも、わたしから離れたら、実を結ぶことなど、とてもできません。

僕が経験してきた全ての物事は、

僕が神様の豊かな幹に繋がる為に

必要な事だったのだと、改めて思いました。

豊かな実を結ぶ為に、これからも

神様という幹を頼り続けてゆきたい。

2012年5月22日火曜日

原材料が商品になるまで


 前回の投稿で、以前の事業について、ほんの少し書いたが、

今日は、そのオーダー紳士服の話。

本業とは別に、空きの時間に営業活動をしていた。


 僕は若い頃から、自営業への憧れを抱いていたのだが、

廻りからは、とてもネガティブな意見ばかりが続出し続けていた。

そんな意見が出るからこそ、ビジネスチャンスだと思っていたもので、

一日の歩みはハードだったが、とにかく楽しく充実した日々を過ごせた。

インターネットの普及で、自宅にも低速であったが回線が繋がり、

僕は早速、ホームページを持ち、自分でなんとか作ったものを

公開してみると、決して多くはなかったが、問合せもあったり、

時には、直接お客様宅へ訪問する機会も与えられた。


 インターネット経由の初めてのお客様は、

身体に障がいを持っている男性だった。

既製服ではなかなか合わない体型だったために、

間に合わせのスーツで仕事をされていた。

すべての採寸を終わらせ、2週間後にステキなスーツが完成し、

そのお客様のお宅へ急いでお届けした。


 実は、そのお客様宅は、僕の自宅から150キロほど離れている。

若い男性で、ファッションに対しての憧れを抱く青年だったが、

今までで最高のスーツに袖を通した彼には、

今まで以上の喜びがあった。


 僕は売れない時期も長くて、大変な毎日だったが、

お客様の喜ぶ笑顔を見ることができて、

非常に満足だった。


 商売に対して否定的な人々は少なくない。

その多くの人々は安定を求め、

どこかの有名企業に勤められれば感謝。

というような事を言われたこともあるのだが、

その捻くれた認識には納得できなかった。


 事業と言うものは、たった一人で成り立つものではなく、

一つの商品が売れることで、

それを作っている人々の生活をも支えることになる。

だから、目に見えない、工場で必死に働く人々の汗や、

原料である羊の世話をしている人々の汗を覚えるときに、

感謝の言葉しか出てこないのである。

有名な言葉

今日は某社へ提出する小論文を書いています。

何気に箴言をチラ読みしていたら、

誰だったか忘れてしまったけど、

有名な経営者の言葉のように

なっていましたが、これは明らかに

聖書の言葉ですね。

この御言葉を使っていたのですね。

箴言 25:1, 15 JLB

 次にあげるソロモン王の教訓は、ユダのヒゼキヤ王〔ソロモンより二百年のちの王〕に仕えた人々が見つけ、書き写したものです。

 小さな水のしずくでも、長い間には堅い岩をけずります。 同じように、じっとしんぼうしていれば、最後には必ず勝つのです。

2012年5月21日月曜日

身体と心の健康を考えてみよう


 ここ数十年で、

日本では当たり前になった、ファーストフード。

本当は、日本に昔からある、

おにぎり等のお米が主原料のものは、

素晴らしい食べ物なのだが、

日本人は西洋文化、特にアメリカ文化に弱く出来てるらしい。

これを「洗脳」という。(笑)

ここにアップしているYoutube動画を是非、視てほしい。


 ファーストフードで頑張って働いた人には、

相当の評価が与えられる訳だが、

その商品を初めから作っている訳ではないし、

商品そのものの物質が何であるかも

簡単には知ることが出来ない様になっている。


 僕は自営業で紳士服の販売をしていたが、

販売する側として、実際の工場を見て歩いたこともあるし、

布地の製造工程も見させてもらったこともある。

売り手側が、自分が売る商品を知らないで売ることは、

商売としては、非常にナンセンスだとおもう。


 大手メーカー全てが、

このような製造方法なのかも定かではないが、

全く同じではなくても、似ているところもあるのかも知れない。


 近年、添加物による健康被害も少なくない。

自分が身体の中に取り入れるものは、

ただ簡単に食べられるから、と言う理由だけで食べるのは

非常に恐ろしいことではないだろうか?


 そして、霊的な世界ではどうだろうか?

宗教書で人気のある書籍はなんだろうか。

その本を通じて、あなたには一時的な心の高揚が生じるかもしれない。

しかし、後に残るものは?

まったく残らない。

確かになにか知識を得ることが出来るのだろうが、

あなたの心には、

「また、新しい本で高揚したい」という欲求だけが残るのである。

これは、霊的マスターベーションである。

つかの間の快楽と言えるだろう。


 さて、今日は厳しい内容だったかもしれない。

しかし、すでに時間は着々を進んでいる。

信仰の目を研ぎ澄まさなければならない。

終わりが近づいているから。


 ところで、あなたには時計が見えますか?


外観はお洒落

人生◯◯年も生きていると、
人それぞれの個性や、
性差によっての意識の違い等々、
人間って本当にユニークな存在だなぁと。
私達を創造されて生かしてくださる
神様を賛美しま〜す!

箴言 31:30 JLB

 人は見かけの美しさにすぐだまされますが、そんな美しさは長続きしません。 しかし神様を恐れる女は、ほめたたえられます。 

2012年5月20日日曜日

一寸休憩

今日は原水協の総会で札幌でした。
昨年の長崎世界大会をきっかけに、
核兵器や原発の反対の立場を
ハッキリと表明するようになりました。
そういう行動をするようになってから、
神様からの祝福も沢山与えられています。

帰り道、改めて神様に感謝しつつ、
LAWSONのコーヒーで乾杯。


八重咲  ?

昨日はSABBATHで
良い時間を過ごせました。

公園に咲いていた桜が綺麗でしたよ。
僕も、主の御前で咲いています。


2012年5月19日土曜日

点検作業

自動車も自分の身体も同様に
信仰も点検作業が必要。
毎日、同じ環境に置かれているなら
尚更。

詩篇 139:23-24 JLB

 ああ神様。 私の心を探り、その内面を調べ上げてください。 もし、あなたを悲しませるようなものがあるなら、教えてください。 そうして、永遠のいのちへの道からそれないようにお導きください。

マラキ書4章

http://bible.us/Mal4.1.JLB

天の軍勢の主はこう宣言なさいます。 「さあ、見るがいい。 かまどのように燃えながら、審判の日がくる。 高ぶる者、悪を行なう者はみな、わらのように燃えつき、木のように焼き払われる。 根までも全部だ。 だが、わたしの名を恐れかしこむおまえたちには、正義の太陽がのぼり、その翼がおまえたちをいやす。 そして、牧場に放された子牛のように自由にされ、喜びのあまり跳びはねる。  その時おまえたちは、灰を踏みつけるように、悪者どもを踏みつける。  ホレブ山(シナイ山)で、わたしのしもべモーセによって、わたしが全イスラエルに与えた法律を守れ。 そのことを忘れるな。 見よ。 神の大いなる恐るべき審判の日がくる前に、エリヤのような預言者を遣わす。  彼の宣教によって、父と子が再び結び合わされ、一つ心、一つ思いとされる。 それというのも、悔い改めないなら、わたしが来てこの地を完全に破壊してしまうことを、彼らが知るからだ。」

SABBATH WORSHIP

自然な流れで導かれた。

いまは毎週の集いが普通。

神が聖とされた7日目を

心の底から楽しみたい。


2012年5月17日木曜日

時は誰のものか。

まだ若い頃、沢山働けば、
それなりの報酬が貰えると思っていた。
しかし、残業のし過ぎで逆に
仕事の効率が悪くなった事がある。

僕にとっての仕事とは、
一体何なのだろうか?
箴言の言葉を思い出した。

そうだ、
お金持ちになろうとは思わないこと。
お金を追い求めたところで、
全ては逃げてゆくのだ。

鳥の集団のなかに走って行って
紛れ込もうと思っても、
鳥は、いとも簡単に、翼を広げて逃げてゆく。

そんな光景を想ってみた。

神は、天と地を創造された。
ということは、自分が生きている時間も
神は支配しておられる。

その限られた時間、労働の為にだけ
使うのはなんと虚しいことか。
であるなら、もっと喜ばしい事の為に
生きてゆきたい。

箴言 23:4, 12 JLB

金持ちになろうとあくせくするのは時間のむだです。 そうやってもうけても、札束はすぐに羽が生えて飛んで行くからです。
 耳の痛いことばも喜んで聞き、ためになることはどんどん取り入れなさい。

2012年5月16日水曜日

今、あなたが必要です


“I need You now”という賛美、美しいです。

歌う彼の心からの賛美、それは神への信頼、

神を心から愛している事の表れなのだろう。

さて、神への信頼の心は、実はこのようなものなのだと思う。

今直ぐ!あなたが必要です!主よ!!という心の渇き。

そう、私は渇いている。

あのイエスも、呪われた十字架上で「私は渇く」と言われた。


高く掲げて

主を思い、主と共に歩む人生。
その素晴らしい日々を歩めるだけでも
感謝なことである。

私たちに与えられたものは、
この世の人々が理解できる物ではない。
神から与えられるものは
無限大の愛と恵み、尽きることはない。

神が私を愛してくださるから、
神の力は、敵対するもの達には恐怖である。
さぁ、主の御名前を高く掲げて歩もう。

http://bible.us/Luke12.4.JLB
  
親しい友よ。 体を殺しても、たましいには指一本ふれることができない者たちを恐れてはいけません。  ほんとうに恐れなければならない相手を教えましょう。 殺したあとで、地獄に投げ込む力を持っておられる神を恐れなさい。 神こそ、ほんとうに恐れなければならないお方なのです。

2012年5月15日火曜日

インマヌエル


いつも共に居てくださる。

いつも言葉をかけてくださる。

いつも存在している方、それはインマヌエルの神。

だから恐れない、いつも平安と喜びがある。

ハレルヤ、イエスさまありがとう。

一万人の子供の声を聴いて!


「げんぱつ やめちゃお 子どもの署名行動」

未成年者による署名が、内閣府に提出されました。しかも一万名分!!

子どもたちの力は、ものすごいストレートな気持ちが伝わってくる。

僕は、大人になっちゃったから、この行動署名は出来ないけど、

昨日、国民平和大行進で、原水爆禁止の大きな旗を掲げて歩いたよ。

いま日本人の意識は、中央政府以外は、核の廃絶、原発反対の意識が高まっているからね。


精巧に造られた

たまに、何気に書店によっては、
書棚を眺めることがある。
最近は、付録が付いた趣味の本が多い。
よくよく見てみると、
本の大きさよりも、付録が大き過ぎて
驚く事も少なくない。

さて、私の存在が神によって造られたことは、
聖書の中に、しっかりと記載されていて、
私の存在は決して付録のようなものでは無い。
しかも、私自身は非常に精巧に造られている。

神を知らなかった頃は、
自己イメージが非常に悪いものだった。
神に出会い、神によって
新しく作り直されたのである。

なんという愛だろう、うふっ

http://bible.us/Ps139.13.JLB  

神様は、精巧に私の体の各器官を造り、母の胎内で組み立ててくださいました。  こんなにも複雑かつ緻密に仕上げてくださったことを感謝します。 その腕前は天下一品だと、よくわかっております。 秘密の工房で私を組み立てる時、神様は立ち合われました。  生まれる前から、まだ呼吸を始める前から、神様の目は私に注がれており、その生涯にわたるご計画も、練り上げられていたのです。 主よ。 あなたが私をかた時も忘れずにいてくださる事実は、かけがえのない支えです。 あなたは一日に、数えきれないほど何度も、私のことを思い起こしてくださるのです。 朝、私が、まどろみから覚めるころにも、まだ私に思いを馳せていてくださるのです。

2012年5月14日月曜日

脱!階級社会

私たちに与えられたものは、
この世のシステム化されたものでは無い。

神が信じる私たちに与えられたものは、
聖書の福音書の中に記録されている。

しかし、
主イエスが復活され、天に昇られた後に、
愚かな人々が再び作り上げてしまった。

いま、人間社会のどの分野においても、
階級制度が崩れかけている。
特に、地方の宗教界。
仏教のお寺やキリスト教会の
檀家や信徒の減少は、留める事は出来ない。

だから、主イエスが語られた言葉を
もう一度、思い起こそう。

http://bible.us/Matt28.18.JLB  

イエスは弟子たちに言われました。 「わたしには天と地のすべての権威が与えられています。  だから、出て行って、すべての国の人々をわたしの弟子とし、彼らに、父と子と聖霊との名によってバプテスマ(洗礼)を授けなさい。  また、新しく弟子となった者たちには、あなたがたに命じておいたすべての戒めを守るように教えなさい。 わたしはこの世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのです。」

2012年5月11日金曜日

喜びなさい

私に与えられたものが霞んで見えるとき、
私の心の中も同じように霞んでいる。
しかし、どんな時にも、
私を贖ってくださった方の愛を思い起こそう。
其処から再び新たな喜びが溢れ出てくるから。

http://bible.us/Phil4.4.JLB
いつも、主にあって喜びに満たされていなさい。 もう一度言います。 喜びなさい。 

2012年5月10日木曜日

やまびこ ヤッホー

山に登ると、山頂で「ヤッホー」なんて声を出したくなる。
心の奥底にある、自分の存在をアピールする本能?
そういうものを皆持っていると思う。

さて、最近いつも思うことがある。

この大不況の最中に、仕事探しをしている僕自身は
とても幸せを感じている。
なぜなら、いつも主が共に居てくださるから。
インマヌエルの神だから。
しかも、いつまでも一緒だよって言ってくれる。

あ~なんて幸せなんだろう。
就職先が見つからないなんて!(笑)

いま強く感じたのは、この大不況下で、
必死になって動いている経営者。
いまのあなた方は、
なにか大切なものを見失っていませんか?

パソコンが当たり前になっているこの時代。
確かにパソコンがあれば、綺麗な仕事が出来ます。
昔のように、帳簿が山のように積まれる事は無い。

さて、以前から言っているように僕は就職活動中で、
いろいろな会社へ履歴書と職務経歴書を送っている。
筆跡が性格を表すことは、大人の社会では常識であるので、
僕はあえて、自分の性格をも企業側に伝えたいから
履歴書も職務経歴書も手書きだ。

だからこうしてほしい、と言うような要望ではなく。
企業側も、必死に就職先を探している人々に対して
応えるべきなのではないだろうか?

簡単に言えば、送られてくる不採用通知。
僕は沢山頂いた。感謝なことである。
その内容は、会社によって多少異なるが、
その文面は、とても機械的なものを感じる内容が多い。

大不況の時代だからこそ、
誰が今後のお客様や取引先になるか判らないから、
だからこそ、なにか次に繋がれるようなコメントを
頂きたいな。ということが思えてしまってしかたがない。

主イエスは、世の終わり(終末の時代)には、
人々の愛が冷たくなる、と警告している。

もしかすると採用するかどうか迷っている企業側が、
僕のブログを読んでいるのかもしれないが、
僕はあえて、この場所で提案したい。

企業様、並びに、良い人材をお探しの皆様。
僕はここで発言していることは、決して可笑しい事でもなく
夢物語のような事を言っているのでもなく、
人間として、いや、日本人としてあたりまえの事を
言っていると思っています。

会社は誰の為に、存在しているのか?
社会の為に?環境を良くしたい?地元に貢献?

いや、もっとも大事なことは、自分(経営者)が生きるためでしょ。
そこから仕事(神に、そして人に仕える事)が始まるんでしょ。

今日まで僕は幾つもの企業に向けて「ヤッホー」と
声を挙げてきました。
でも、その多くからは、機械的な声しか返って来ていない。
もっと人間味溢れる企業になってほしい。

2012年5月9日水曜日

お金持ちしか生きてゆけないのですか

景気低迷が続き、
質素な暮しをしている人々は
耐えて生活しています。
生活出来なくなり、
生活保護を受ける人々も増えてきました。
老老介護、独居老人などの問題も山積み。
なかなか進展しない原因は何処にあるのか。

一方、大企業と、その経営者は、
法人税等の税金が下がったりと
何かと楽な生活をしています。
消費税が上がる一方、
大企業の税金は下がる一方です。

民主主義って何ですか?
この消費税ってなにものですか?
世界で一番、最悪の税制は断固反対します。

YouTubeで「消費税増税と社会保障改悪 断固反対」を見ませんか

大切なもの

僕は日本国の国民です。
ですから日本国を愛しています。
しかし現代、この国の大切なものが脅かされています。だから僕はこの国の為に祈ります。

主よ。この日本国を護り、
あなたの御手で包んでください。
人間の欲望によって、この国の大切なものが壊されつつありますから。
主よ。あなたは全てをご存知です。
この国に憐れみと祝福を注いでください。
油注がれたイエスの名前によって。

YouTubeで「憲法をいまこそ社会に 笠井議員の訴え」を見ませんか

2012年5月8日火曜日

ローマ人への手紙12章6節〜

http://bible.us/Rom12.6.JLB

神様は一人一人に、何かすぐれた能力を授けてくださっています。 ですから、預言する能力を授かっているなら、できる時にはいつも――神様からのことばを受け取る信仰の力に応じて、できるだけ多くの機会に――預言しなさい。  ほかの人々に仕える能力を授かっているなら、快く仕えなさい。 教える立場にあるなら、りっぱに教えなさい。  説教をする人であれば、力強く、また、人の助けとなるように説教しなさい。 お金をたくさんいただいているなら、人助けのために、惜しみなく使いなさい。 管理者としての能力を与えられ、人々の仕事を監督する立場にあるなら、その責任を誠実に果たしなさい。 悲しんでいる者を慰める人は、クリスチャンとして、喜んでそうしなさい。 ただ見せかけだけで人を愛してはいけません。 真心から愛しなさい。 悪いことを憎み、良いことには味方しなさい。  兄弟のような愛情で互いに愛し合い、また、心から尊敬し合いなさい。  決して仕事を怠けず、熱心に主に仕えなさい。 あなたがたのために神様が計画しておられることすべてを喜びなさい。 困難の中でじっと耐え、常に祈りなさい。 

2012年5月7日月曜日

イザヤ書53章3~6節

http://bible.us/Isa53.3.JLB

私たちは彼をさげすみ、のけ者にしました。 彼は悲しみの人、人生の苦しみをなめ尽くした人でした。 私たちは彼に背き、そばを通ってもそっぽを向きました。 彼が侮られても、そ知らぬふりをしていました。 ところが、彼が背負い込んだのは、実は私たちの悲しみであり、彼を押しつぶしたのは、私たちの嘆きでした。 私たちは、彼がそんなに苦しむのは、罪を犯して神様に罰せられているからだと考えていました。  しかし実際は、私たちの罪のために傷つき、血を流したのです。 彼は私たちに平安を与えようとして、進んで懲らしめを受けました。 彼がむち打たれたので、私たちはいやされました。  私たちは神様の道を踏みはずし、羊のようにさまよい出て、自分勝手な道を歩いてきました。 ところが神様は、私たち一人一人の罪を彼に負わせたのです。

2012年5月6日日曜日

テサロニケ人への手紙第一 5章10節〜

http://bible.us/1Thess5.10.JLB

主イエス・キリスト(神より油注がれた方、救い主)の死は、主が再び来られる時に、私たちを、その生死の状態にかかわりなく、永遠に主と共に生かすためでした。  そういうわけですから、すでに実行していることでしょうが、互いに励まし合い、助け合いなさい。

2012年5月5日土曜日

コロサイ人への手紙3章2節〜

http://bible.us/Col3.2.JLB

天国のことで心が満たされていなさい。 地上のことをあれこれ気に病んではいけません。  一度死んだわけですから、この世に何の未練もないはずです。 あなたがたの真のいのちは、キリスト様と共に天の神様のもとにあるのです。  真のいのちであるキリスト様が再び戻って来られる時、あなたがたも彼と共に輝き、そのすべての栄光にあずかるのです。

コロサイ人への手紙3章12節

http://bible.us/Col3.12.JLB

神様に選ばれて、この新しいいのちを与えられたあなたがたは、神様の深い愛と思いやりに包まれているのですから、他の人々に対して情け深く、やさしく親切でなければなりません。 謙そんな態度で、どんな時にも、おだやかに忍耐強く行動してほしいものです。 

2012年5月3日木曜日

コリント人への手紙第一 15章52節〜

http://bible.us/1Cor15.52.JLB

終わりのラッパが鳴り渡る時、一瞬のうちに、そうなるのです。 天からラッパの音が響くと、死んでいたすべてのクリスチャンは、たちまち、絶対に死なない、新しい体に復活します。 次に、まだ生き残っている私たちもまた、一瞬にして、新しい体に変わるのです。  なぜなら、地上の、死ぬべき今の体は、天上の、決して死ぬことのない、永遠に生きる体に変えられなければならないからです。 この時、「死は勝利にのみ込まれた」という旧約聖書のことばが、現実となるのです。 「死よ。 おまえの勝利はどこにあるのか。 死よ。 おまえのとげはどこにあるのか。」 罪、すなわち死をもたらすとげは、ことごとく切り取られます。 そして、罪をあばくおきても、もはや私たちをさばきません。  これらすべてのゆえに、どう神様に感謝したらよいでしょう。 神様は、主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださるのです。 そこで愛する皆さん、このように将来の勝利は確実なのですから、しっかり立って、動揺することなく、いつも、主の働きに熱心に励みなさい。 なぜなら、復活は確かであり、主のための働きが、決してむだ骨に終わらないことを、あなたがたは知っているからです。

2012年5月2日水曜日

マタイによる福音書 7:7-8, 11-12

 求めなさい。 そうすれば与えられます。 捜しなさい。 そうすれば見つかります。 
戸をたたきなさい。 そうすれば開けてもらえます。  求める人はだれでも与えられ、捜す人はだれでも見つけ出します。 戸をたたきさえすれば開けてもらえるのです。 

 罪深いあなたがたでさえ、自分の子供には良い物をやりたいと思うのです。 だったらなおのこと、あなたがたの天の父が、求める者に良い物を下さらないことがあるでしょうか。

 人からしてほしいと思うことを、そのとおり、人にもしてあげなさい。 これがモーセの法律の要約です。

2012年5月1日火曜日

箴言9章7~12節

http://bible.us/Prov9.7.JLB

人をばかにするような者にそれを注意すると、しっぺ返しをくらいます。 せいぜいかみつかれるのが落ちです。 好意でしても憎まれるばかりだから、かかわり合いにならないことです。 しかし、知恵のある人は違います。 注意すると、前以上にあなたを愛します。  知恵のある人を教えなさい。 そうすれば、ますます利口になります。 正しい人を教えなさい。 その人は、もっともっと多くのことがわかるようになります。  知恵の基本は、神様を恐れ、たいせつにすることです。 物事がよくわかりたかったら、まず神様を知りなさい。  「生きがいのある実り多い人生を送らせてあげよう」と、知恵は呼びかけます。  知恵は知恵ある人を助けます。 知恵をばかにすれば、自分が傷つくだけです。

高価な言葉

どんなに多くの知識を語っても、
神様の言葉よりも優れたものは無いですよね。

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まだまだ転居の為の作業進行中。 完全なる転居作業終了は、 26日の旧住居の鍵の返納で幕を閉じます。 その前に、いろいろと処分するものが沢山あって、 今日は一番大きいモノを引き取っていただけました。 聖書の中の一節に 『地上では旅人であり寄留者である』という言葉のとおり、 自分自身...