ローマ人への手紙 12:12, 15-16 JLB
あなたがたのために神様が計画しておられることすべてを喜びなさい。
困難の中でじっと耐え、常に祈りなさい。
だれかがしあわせな思いで喜んでいる時には、いっしょに喜んであげなさい。
悲しんでいる人がいたら、いっしょに悲しんであげなさい。
互いに心を一つにし、楽しく働きなさい。
お高くとまってはいけません。 偉い人に取り入ろうとせず、
かえって、平凡な普通の人々と喜んで交際しなさい。
何でも知っているなどと、思い上がってはいけません。
総てのことは、全能者から流れてきています。
もし、そのことが、自分自身にとって苦しみであったとしても、
神の目から見れば、それは僕にとっての最高の出来事であり、
最善へと導く鍵であることを、忘れてはならない。
だからこそ、神様に期待をして、歩み続けたい。
人間の知恵は、人間の間だけに通じるものであり、
俗に言われる「世渡り上手」程、神の前に愚かだと思う。
さて、僕は、この手紙に書かれている薦めに従い、
常に祈るものでありたい。
喜んでいる人に対しては、一緒になって喜び、
悲しんでいる人に対しては、同じように一緒に悲しみたい。
と言うことは、不便を強いられている人に対しても、
同じように、その人の立場になって祈りたいのだ。
これは長い人生経験から生まれた賜物なのだと思う。
川の流れは、初めから川が在るのではない。
山から集まった、一滴の雫から生まれる。
私達の人生の、その道を歩む結果として生まれてきたものは、
若い頃に経験した、ほんの些細なことから、生まれてきたのだと思う。
それこそ、祝福の雫(しずく)なのだと思う。
全能者から頂いた、その雫を、
心ゆくまで楽しみ、そして苦しみ悩みながらも、
祈り問うて歩みたいのである。
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