2013年1月13日日曜日

深呼吸をして

詩篇 32:6-9 JLB

 私は神様を信じる人々に、自分の罪に気づいたら、まだ赦される間に神様に告白しなさいと、大声で忠告します。 そうすれば、その人は天罰を免れるのです。
 この人生にどんな嵐が吹き寄せようと、私は神様のもとに避難いたします。 そこでは勝利の歌が響き、苦しみに巻き込まれることがないからです。  神様はこう言われます。 わたしはあなたを教え、最善の人生航路へと導いてあげよう。 助言を与えて、一歩一歩を見守ってあげよう。  くつわをはめなければ言うことを聞かない、馬や騾馬(ラバ)のようになるな!



人生、何が起こるかわからない、だから楽しい。

人生、何が起こるかわからない、だから恐ろしい。

人間には二面性があり、アクティブに考えたり、

時には、ネガティブに考えたりする。



でも、多くの人々は、

「俺の人生、最高だ~!!」と叫びながらも、

ビルの屋上から身を投げている様に見えるのは

僕だけだろうか?



自分の持っている罪について、

多くの人々は気がついていない。

そう、人間は生まれながらに罪人であって、

神様から背こうと躍起になって生きている。

それが人間らしい生き方である、

という開き直りの人生を歩む人々も少なくないだろう。



問題は、人生のどこの場所で、自分が罪人である、と気がつくか。

神様はそれをずうっと待ちつづけている。

せっかく、神様のみ言葉や、

神様が与えてくださった場所に居ながらも、

その祝福に気がつかずに居る人も多い。



人々の多くは、落ち着いた人生を歩みたいと切に願うが、

現実問題は、生まれたときから大嵐である。

だからこそ、神様は僕の避難所(シェルター)である。



巷では、多くの大人でも、仲の良い人々が集まって、

サークルであったり、最近ではシェアハウスというような、

共同生活をしている人々が多くなってきている。

利便性を考えるならば、ある意味、

理想的な暮らしを思い浮かべるだろうが、

そう簡単にはいかないのが人生である。



そんな状況に置かれてしまった自分は、

人生をどうやって乗り越えてゆけば良いのだろうか。



決して、悟りのない馬や騾馬のようになっていはいけない。

どんなことが起こっても、神様が隠れ場だし、

神様が導くし、助言もしてくれる。

だから、どんな最悪と思えるような状況の中に置かれても、

心を整えて、深呼吸して、

祈りつつ一歩を踏み出したい。 そう、感じました。



あのモーセだって、海を渡るときの一歩を踏み出してから、

思いがけない奇跡が起こったでしょう。

だから僕は、神様がこれから起こそうとしている

すばらしい奇跡を待ち望みつつ、一歩を踏み出したい。


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